早慶戦とは?野球だけではない東京六大学伝統の一戦

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メディアでもよく取り上げられる早慶戦。伝統の一戦として全国的に人気の高い野球の対戦です。ここでは、早慶戦の歴史や概要、硬式野球以外の種目や六大学とのつながりについてご紹介します。

伝統の一戦・早慶戦とは

早慶戦とは、1世紀を超えて続く早稲田大学と慶應義塾大学の伝統の一戦。最初は、野球部同士の試合から始まりました。早慶戦の歴史をひも解くと、なんと1903年(明治36)にさかのぼります。早稲田大学野球部は、慶應義塾大学野球部に試合の挑戦状を送り、受けて立ったのが始まりです。記念すべき早慶戦の最初の試合は、1903年1月21日。11対9で慶應側が勝利しました。

1903年というと、日露戦争の前の年、高校野球(夏の甲子園)のスタートは1915年です。そのため、早慶戦が非常に長い歴史を刻んでいることが分かります。

東京六大学と早慶戦の関係

早稲田大学と慶應義塾大学は、当時から因縁のライバルとしてお互いに認め合う仲でした。第1回の早慶戦で、すでにスタンド席は満席状態。1906年の試合では、応援合戦がヒートアップしすぎて対戦が中止されるほどになりました。それから19年間、早慶戦は開催されないまま時間が過ぎていきます。早慶戦が再開されたのは、1925年に東京六大学野球連盟が発足したときです。

六大学野球とは、東京にある以下の6つの大学で構成される野球リーグのことを指します。

・早稲田大学
・慶應義塾大学
・明治大学
・法政大学
・東京大学
・立教大学

明治神宮野球場は、六大学リーグの協力で建設されました。2021年現在、東京六大学野球は明治神宮野球場で春と秋のリーグ戦と新人戦が開催され大学野球ファンを魅了しています。六大学野球の中でも、特に早慶戦は伝統の一戦として高い人気を誇る好カードなのです。

野球以外も歴史の長い早慶戦

早慶戦が国民的な人気となったおかげで、野球以外にもラグビーやサッカーなど、さまざまなスポーツの対戦で「早慶戦」という言葉が使われるようになりました。テレビや新聞でも、早慶戦として取り上げられています。慶應側は、自身の大学への誇りをかけて「慶早戦」と呼んでいます。しかし、一般的には「早慶戦」と呼ばれるケースが大半です。

まとめ

1903年からの伝統の一戦となる早慶戦は、野球ファンをはじめ国民が注目する野球試合です。野球以外のスポーツでも「早慶戦」という呼び名が定着するなど、広く知られています。早稲田や慶應の学生は、早慶戦の応援に参加して学生としてのプライドを育てているのかもしれません。

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